エビデンス

Evidence
2022/05/09
  • マグネシウム
  • 農業/畜産

マグネシウムと植物

「化学肥料に関する知識」                   BSI 生物科学研究所

File No. 59        マグネシウムと植物

 マグネシウム(Mg)は原子番号12、原子量24.3のアルカリ土類金属元素である。地殻中の存在率が1.93%、酸素、ケイ素、アルミニウム、鉄、カルシウム、ナトリウム、カリウムに次いで8番目の多い元素とされている。

マグネシウムは動植物にとって欠かせない元素である。哺乳動物では骨や歯の形成、ならびにリボソームの構造維持やタンパク質の合成、その他エネルギー代謝に関する酵素の働きに重要な役割を果たしている。植物では、光合成色素であるクロロフィルの中枢に含まれて、光を受け止め、光エネルギーを化学エネルギーに変換する役割を担っているほか、多くの酵素の活性発揮に必要な補助因子でもあり、糖やりん酸の代謝に関与し、アミノ酸やタンパク質、炭水化物の合成に欠かせない存在である。なお、農業関係ではマグネシウムは「苦土」と呼ばれている。

植物の中にマグネシウムの存在が一番よく知られているのはクロロフィルである。クロロフィル(Chlorophyll) は、光合成の明反応で光エネルギーを吸収する役割をもつ化学物質で、葉の葉緑体に存在している。植物の光合成において、クロロフィルは光エネルギーを効率よく吸収して化学エネルギーへと変換し、二酸化炭素と水を原料にして有機物の炭水化物を合成する。また、光合成は水を分解する過程で生じた酸素を大気中に供給して、人間を含む動物の生存を支える。クロロフィルはその構造の主幹を形成しているテトラピロール環の種類および結合している置換基によって6種類に分けられているが、すべてのクロロフィルにはそのテトラピロール環の中心に必ずマグネシウムイオンが金属錯体元素として入っている。図1は植物に一番多く存在しているクロロフィルαの構造を示す。

 図1.植物のクロロフィルαの分子構造

 クロロフィル以外に、マグネシウムは主に葉緑体ストロマや細胞内小器官にイオンあるいは有機酸やATPと結合した塩の形で存在する。細胞内にイオン状態で存在するマグネシウムは酵素の補助因子として重要な役割を果たしている。植物を含む生体内では新陳代謝などの生命活動にはたくさんの酵素が働いている。酵素単体だけで働くものもあるが、多くの酵素はタンパク質以外に補助因子(補因子、補酵素)という成分がなければ、その機

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能が発揮されない。マグネシウムは金属イオン系補助因子の中に抜群に多くの酵素を補助しているといわれる。

マグネシウムが多くの酵素の補助因子として働く理由は、マグネシウムがリン酸基の酸素に対して高い親和性を持ち、配位結合の形でリン酸化合物と結合できるため、リン酸化合物に関連する多くの酵素反応に関わっている。例えば、マグネシウムが補助因子として関与している酵素には、RNAポリメラーゼ、ATP分解酵素、タンパク質リン酸化酵素、脱リン酸化酵素、グルタチオン合成酵素、カルボキシル基転移酵素などがすべてりん酸化合物を基質または生成物とするもので、タンパク質合成、解糖系、TCA回路、窒素代謝系を含む生化学反応に欠かせない存在である。また、マグネシウムは細胞膜やリボソーム表層のリン酸基に結合して、その立体構造を維持する重要な役割も果たしている。

マグネシウムは植物に乾燥重量当たり0.2~0.4%含まれている。大体、植物中のマグネシウムの10~25%がクロロフィルに、約5%が細胞膜やリボソームのような細胞内の小器官の構成成分、70%以上が細胞内にイオンの形で存在している。

植物体内にマグネシウムが不足すると、生理活動に支障が来たし、欠乏症状が現れる。マグネシウム欠乏症の主な症状は葉中のクロロフィル濃度が不足して、葉が黄色となっているクロロシスである。その特徴は最初に下部葉の葉脈だけが緑を残し、脈間が黄色に変色してしまうが、ひどくなると葉全体が黄化して、枯れずにそのまま落葉する。これは、マグネシウムはクロロフィルの構成元素であり、マグネシウムが不足すると、クロロフィルがマグネシウムを失い、分解されたため、葉の緑色が褪せて黄色を呈する。なお、マグネシウム欠乏症は最初に古い下位葉に現れる。これは植物体内にマグネシウムがイオン状態に存在して、生理機能が落ちた古い葉から光合成の効率性の高い若い葉に優先的に転流されたためである。また、マグネシウムの不足状態が続くと、欠乏症状は植株の下部葉から上部葉へ向かうように拡大する。(図2、図3)。

一旦、マグネシウムの欠乏によるクロロシスが発生すると、その葉は光合成とそれによる炭水化物の合成能力が失われ、回復不可能である。なお、マグネシウムの欠乏症状は鉄の欠乏症状と似ているが、植物体内移動性の乏しい鉄の欠乏症では新葉からクロロシスが現れ、簡単に区別できる。

図2. トマトのマグネシウム欠乏症図3. キュウリのマグネシウム欠乏症

また、マグネシウム欠乏は葉の光合成機能の低下を招くほか、酵素活性の減退による生理機能の低下、細胞内リボソーム構造の不安定などを誘発する可能性もある。従って、長期間のマグネシウム不足は下部葉のクロロシスと落葉に加え、植株の生長が遅れ、果実は非常に小さく、木質化で硬いなどの症状もみられる。

植物のマグネシウムはほかの養分と同じ、すべて根が土壌から吸収されたものである。土壌中のマグネシウム量がその土壌を生成する母材(母岩)により大きく異なる。例えば、火山灰由来の土壌や花崗岩が風化し形成した土壌では可給態マグネシウムが不足がちで、蛇紋岩を母岩とする土壌ではマグネシウムが往々過剰である。また、土性もマグネシウムの可給量に大きく影響を及ぼす。特に粘土鉱物の少ない砂礫土は降雨により置換性塩基成分の溶脱が激しく、マグネシウムが不足がちである。

土壌中の可給態マグネシウムが充分であるのに欠乏症が発生することもある。消石灰、塩化加里と化成肥料の過剰使用で、しばしばマグネシウム欠乏症を誘発する。これはカリウムとカルシウムがマグネシウムに対して拮抗関係にあり、土壌溶液に過剰のカリウムとカルシウムイオンの存在により、根のマグネシウム吸収が強く抑制される。

マグネシウムを含有する肥料は硫酸苦土、軽焼マグと水マグ(水酸化マグネシウム)がある。また、苦土石灰も土壌改良材としてよく使われている。一方、多くの化成肥料にマグネシウムが肥料成分として添加されている。適宜に選択して施用すれば、マグネシウム欠乏症が予防することができる。

養液栽培、特に固形培地を使わない水耕栽培では、マグネシウムが必ず添加しなければならない養分である。これは、土壌からのマグネシウム供給が全く期待できず、全量培養液から吸収しなければならないからである。通常、培養液にイオン濃度としてマグネシウムがカルシウムの約1/3から1/2が必要である。例えば、園芸試験場標準処方ではマグネシウム濃度がカルシウムの半分の4me/Lで、大塚化学A処方でもマグネシウム濃度がカルシウムの1/3に当たる3me/Lである。なお、養液土耕栽培では培地の塩類集積で、カリウムの拮抗作用によりマグネシウムの欠乏症が多くみられることも注意すべきである。

マグネシウムは欠乏症に特徴があり、発見されやすく、適切な対応により被害を最小限に抑えることができる。下部葉にクロロシスを発見して、マグネシウム欠乏症と診断された場合は、薄い硫酸マグネシウム水溶液(20~30g/L)を追肥として土壌に施用すれば、数日内に症状が抑えられる。

マグネシウム欠乏症の一番手っ取り早い処置法は硝酸マグネシウムの葉面散布である。硝酸マグネシウムは水溶性苦土15%と硝酸態窒素10%以上を含み、水に溶けやすく、葉面吸収性が高いなどの特徴がある。マグネシウムと窒素の相乗作用もあり、マグネシウムの吸収が促進される。葉面散布では散布後数時間内に効果がみられ、硫酸マグネシウムより断然優れている。

一方、土壌中のマグネシウムが過剰の場合は、自体の過剰障害は発生しないが、養分の拮抗作用で、植物のカリウム、カルシウム吸収を抑制して、それらの元素欠乏症が発生す

ることがある。また、苦土石灰を過剰に施用した結果、土壌コロイドに吸着保持されている交換性塩基がカルシウムまたはマグネシウムイオンに独占され、他の陽イオンが保持されず、流亡して、または不溶化となって、微量元素の欠乏症を助長する場合もある。

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